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本の紹介”話す技術 聞く技術”

本書はコミュニケーションについての本です。

コミュニケーションはただのメッセージのやり取りではないことを私たちは知っています。生身の人間ですので感情を伴う難しいやり取りになることが多々あります。

だからといって、難しいコミュニケーションを避けていくことは、困難な状況に対して消極的な態度となり、それ以上の進展も望めません。

困難なコミュニケーションこそ、関係をさらに深化させるのに必要となります。

 

感情を伴う困難なコミュニケーションをどう対応すればいいでしょうか。

本書では、陥りやすい典型的な3つの点について焦点を合わせてタフなコミュニケーションを解説していきます。

 

アサーションの本を読んで、自他を大切にするコミュニケーションが大切なことは知っています。

この本では現実問題として、どのような点に気をつけてコミュニケーションをすればいいか事例を多く取り上げて説明しています。

他人と困難なコミュニケーションを取らないといけない人必見の本だと思います。

本の紹介”情報と秩序 -セザー・ヒダルゴ”

今回紹介するのは、「情報と秩序」。 

物質の秩序・物質の配列を「情報」と定義し、どのように「情報」が具現化されるかということを原子レベルのミクロの視点から経済レベルのマクロの視点まで論じています。

 

本書で、製品のことを「想像の結晶」と言っています。
私たちはその「想像の結晶」である車やスマートフォンなどを使って生活しています。

日本には資源が少なく、資源を輸出して生計を立てることはできません。

そのため資源を他の国から輸入し、日本は「想像の結晶」である製品を生み出し海外に輸出する必要があります。

本書を読んで、日本は「想像力」が生命線であると感じました。

想像力を養うための教育を今一度考え直す必要がありそうです。

 

本の紹介”人工知能の哲学 -松田雄馬”

人工知能の「知能」とはそもそも何か。

本書は、それを探るため人工知能の歴史とその周辺分野について記述された本です。

人工知能は、学際的な分野です。

機械学習の分野はもちろんのこと、認知科学脳科学などからのアプローチもあります。

本書では、それぞれの視点から「知能」を論じていますので、
人工知能とその周辺分野を概観するための良い入門書になると思います。

 

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現在はディープラーニングに代表されるようにニューラルネットワークに注目が集まっています。
ディープラーニングの研究をこのまま推し進めていけば人工「知能」が達成されるのでしょうか。 

たしかに「知能」のような動作をするものは作れるかもしれませんが、そもそも「知能」とは何かよく分かっていないので、どこかで壁にぶつかると私は思っています。

その壁を飛び越すためには、脳科学認知科学複雑系などのさらなる知見が必要になってくると思いました。

 

 

 

本の紹介”現れる存在 -脳と体と世界の再統合”

”現れる存在 -脳と体と世界の再統合”アンディ・クラーク

・脳と身体と環境の相互のやり取りの中で認知が創発される。

・脳は認知負荷を下げるべく、外部の資源を積極的に使う。

・そもそも生き物は身体自体に工夫がされており、抽象的な思考がなくとも現実の環境に柔軟に対応できるようになっている。

 

人間の認知能力は脳にあると思っていたがどうやら、本書を読んでそうじゃないことが分かった。

脳や身体、環境との相互作用の中で生まれるらしい。

 

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本の趣旨と大きくずれるが、
今まで私の生活を振り返ってみると、脳での処理に依存しすぎていたような気がする。 脳は一番エネルギーを消費する器官であると聞いたことがある。
脳への過度の依存はおそらく良くないのだ。

 

ではどうするのか。思いつきであるが、認知不可を身体や身の回りの環境に肩代わりさせれば、脳の認知負荷は軽くなっていい感じになるのではないか。

・記憶しなければならないことはメモする(外部記憶を活用する)

・身だしなみを綺麗にして、相手に与える印象を良くすることで、コミュニケーション負荷を下げる(服装という身の回りの環境を改善する)

・顔を笑顔に保つことでコミュニケーション負荷を下げる(身体を使ったコミュニケーションを行い脳の負荷を下げる)

・頭でシミュレーションするのをやめて、体を動かし実際どうなるか現実世界で確かめる。(頭でのシミュレーション不可が減る)

・プログラムの本を読むのをやめて、実際に手を動かしてコードを書いて学ぶ(体で学ぶ)

脳に掛かる負担を身体や環境に分散させることで快適な生活が送れれば良いと思う。 

本の紹介”トップ企業が明かすデジタル時代の経営戦略”

日本は今、大きな変化の中にいます。


高度成長期には大量生産大量消費でより安く、より品質が良いものを求めてきました。
しかし、現在はそうではありません。


ロングテールという言葉があるように、消費が多様化し、かつ、モノは必要最低限しか購入されないのにコトにはお金を使われるようになりました。
例えば、CDの売り上げは横ばいなのに対し、歌手のライブ・コンサートの売り上げは伸びてきています。このことから消費行動がモノからコトへと変化してきていることが言えます。

 

また、失われた20年の人余り時代から、少子高齢化で働き手の人手不足時代へ突入します。人手不足を解消するために、人でやっていたことをシステムに置き換えるといったことが起きてきます。

 

その流れの中で、IT部門の役割も大きく変化してきます。

今までの部門最適のシステム導入から全体最適のシステム導入へ変化し、
コスト削減(バックエンド業務側)のためのITから、稼げるサービス(フロントエンド業務側)へと変化します。

このように時代とともにITも変化することから求められるCIO像も変化してきます。
今まではITについて明るい人が適任でしたが、これからはITについて明るいのはもちろんのことデザイン思考のできるビジネスプロフェッショナルでなければならない。

 

 時代が進むにつれ、ITの持つ力はどんどん大きくなってきます。
この流れに乗ることで、会社の繁栄につなげることができると思います。

本の紹介”枠を壊して自分を生きる -石黒浩”

今回紹介するのは、”枠を壊して自分を生きる”。

ロボット工学の研究で有名な石黒教授のこれからの生き方・仕事術などに関する本です。

この本は大きく3つのテーマについて書かれていると思います。

■一つ目は、これからくる人間と機械とが融合する未来で、今までの枠組みが通用しなくなり自分で考えることが必要になる。

■二つ目は、”嫌い”という感情との向き合い方の話。自分を進化させる方法。

■三つ目は、筆者の仕事術についての話。何かを成し遂げるためには”死ぬ気”で取り組む必要がある。

 

本の中で、印象に残る文がたくさん出てきます。

 「僕にとっての『考える』は、すなわち『書く』ことである」という文は、かなり強力な文です。頭の中でぐるぐるしているのでは、考える内に入らない、それをノートなりホワイトボードに『書く』ことで考えることになるのだ。

 「実際に、死ぬ覚悟ができると、やはり脳はそれを必死になって回避しようとするようです。」筆者自身も3回死にかけ、あるテーマに文字通り命を掛けて取り組んでいるようです。

 

 この本全体を通して筆者は、常に筆者は”人とは何か、自分とは何か”を考え続けていることが分かります。 

そのことがわかる、筆者の”嫌い”という感情との向き合い方についての書かれた部分について。

「僕には人の好き嫌いがありません。世の中に嫌いな人がいないのです。」

筆者は自分には人に好き嫌いはないと言っています。
人の好き嫌いをなくす、そのなことは可能なのでしょうか?

 

 読み進めていくと、そもそも嫌いという感情はどのように起きるかが書かれています。

「嫌いだと感じる部分は、必ず自分の中にある。これは重要な原理です。」

自分が内部に持つイヤなことを、他人が目の前で再現するから、その人に対して腹が立つと言っています。

これが嫌いを生み出すメカニズムです。

 

「無意識に遠ざけている自分の欠点を教えてくれるのが『嫌い』という感情なのですから、これは大切にしなければなりません。」

「嫌いな人を排除するなんてもったいない。まさに百害あって一利なしです。」

その嫌いという感情を観察すれば、自分が改善すべきところが見えてくると言っています。嫌いという感情を喜んで受け入れ、自分の改善点について思いを巡らし、改善する成長する。

 

嫌いという感情は心地の良いものではありません。できれば避けたい感情です。

しかし、筆者は自分の成長に繋がるならと真正面から向き合っています。

嫌いという感情を通して自分を知る手段にしてるのかもしれません。

その手段を提供してくれる人は逆に自分を成長させてくれるありがたい存在なのかもしれません。

「嫌いな人ほど好きになれます。」

 

私としては、この姿勢は少しでも真似したい姿勢です。

 

本書はこれだけではありません、興味のある方は一度手にとって読まれるといいと思います。 

石黒教授の”人生哲学”の講義を約1500円で受けることができたと思うと、
価値あるものだと思います。

 

人は”何面体”か

 人は物事を”カテゴリ化”する生き物である。

”カテゴリ化”とは、今見ているものが食べられるものかどうか、人間か人間ではないか、味方か敵かなど、対象物があるカテゴリに属するかどうかを見分ける力である。

もし、人にこの”カテゴリ化”の力がなければ、食べ物とそうでないものを見分けられないので、栄養補給がままならない状態になったり、男か女のカテゴリ化ができなければ繁殖もできず絶滅に瀕してしまう。

このようにカテゴリ化は人間が生きていく上で不可欠な力である。

 

 しかし、このカテゴリ化が日常生活で悪さをする場合がある。

カテゴリ化が”レッテル貼り”を促してしまう場合だ。

ある人と見た時、私たちはその人がどのカテゴリに属するのかほぼ無意識で見分ける。

男か女か、好きな人かそうでないか、有能そうな人かそうでないか、など。

そして”あの人はXXXな人”という結果を出す。

この”あの人はXXXな人”という結果を出すということは、ある意味でその人にそういう”レッテル”を貼り付けることになる。

もしそのレッテルがネガティブなものなら、その人を切り離す行動に出てしまうかもしれない。”あいつは気に食わないやつ”だから、切り放そうという具合に。

いろんな人にネガティブなレッテルを貼り付け切り離すことは、その人の世界を自分で小さなものにしていることになる。

このように、カテゴリ化は人が生きていく上で必要不可欠であるが、ネガテイィブなレッテル貼りを続出させるという行為に繋がる時がある。

 

 ネガティブなレッテル貼りをしてその人の世界を小さくするのを防ぐには、以下のことに気をつければ良いと考える。

 この世に完璧に良いものはないし、それと逆に完璧に悪いというものもない。全ての人は、良い面を持つと同時に悪い面を持つということが、普通である。

”あの人はXXXな人”とはその人の一面であり、今の情報だけではそのほかの面ではどうなっているか分からない。

レッテル貼りをしてその人のそのほかの面についての探索を打ち切るのではなく、
レッテル貼りを積極的に保留し、その人の隠れた面の探索を試みた方が、その人の世界の広がりに貢献すると考える。

隠れた部分に”素晴らしい面”や”自分と共通する面”があれば、儲けものである。

その人の”素晴らしい面”から学ぶことができるかもしれないし、”自分と共通する面”からその人との接点を持つことができるかもしれない。
これらのことはその人の世界を広げることに貢献する。

 

 サイコロは多面体である。

 完璧に良い面のみサイコロは存在しないし、完璧に悪い面のみサイコロも存在しない。

普段は見せない”素晴らしい面”や”自分と共通する面”を探索するようにコミュニケーションをとることが、その人の世界を広げるのに貢献するやり方であると考える。

(自分への戒めを込めて)

 

 

 

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